オクトーバーフェストの歴史

オクトーバーフェストの始まり:
Ludwig I., König von BayernTherese von Sachsen-Hildburghausen
Photos from Ludwig I. and Therese von Sachsen-Hidburghausen

オクトーバーフェストは、1810年10月17日、バイエルン地方の王であるルードヴィッヒ1世(*1)とテレーゼ妃(*2)の結婚の祝い事の一つとして、草地で競馬が行われたことから始まります。

この広場(草地: Wiese)は、テレーゼ妃の名前に因んで、Therese(テレーゼ)のWiese(草地)、Theresienwiese(テレージエンヴィーゼ)と呼ばれるようになりました。

  • *1 Ludwig I., König von Bayern, 当時は皇太子

  • *2 Therese von Sachsen-Hildburghausen
オクトーバーフェストの繁栄:

翌年もバイエルン地方の農業組合によって競馬が開催され、それ以降も引き続き開催されるようになりました。年々、屋台や見世物小屋などの出店が増えていき、メリーゴーランドなどの乗り物も導入されます。1819年にはミュンヘン市のお祭りとして引き継がれました。

Hendl グリルチキン1885年にはオクトーバーフェストの名物料理である鳥の丸焼き(Hendl)を提供するお店が初出店します。19世紀終わりには、ビアテントと2週間強の開催期間という、今日のオクトーバーフェストの形態が定着します。また、9月に開催されるようになったのも、この頃からです。

オクトーバーフェストはほぼ毎年行われていますが、その歴史の中では開催されなかったこともあります。その理由は、戦争やコレラなどの感染症の流行によるものです。オクトーバーフェストの代わりに、秋祭りなどが開催された年もあります。

Bavaria像の設置:

bavaria-statue1850年、ミュンヘンの彫刻家Ludwig Schwanthalerによって、Theresienwieseの南西にある丘の上にババリア像が建てられました。

最初の開口式 O’zapft is!:

1950年に最初の開口式(O’zapft is!)がSchottenhammelテントで行われました。O’zapft is!では、ミュンヘン市長がビア樽に注ぎ口をハンマーで叩いて取り付けるのですが、当時のミュンヘン市長Thomas Wimmerは17回も叩いて取り付けたという最低のレコードを叩き出しました。

爆弾事件:

bombeanschlag1980年9月26日、ネオナチに属する単独犯の男が、会場のメインゲートで爆発事件を起こします。紙袋に入った爆弾の爆発によって、死者13人、大勢の負傷者が出る大惨事となりました。事件のあった場所であるメインゲートの手前には、記念碑が建てられています。

2010年の200周年記念:

2010年のオクトーバーフェストは初回の1820年から数えて200周年、記念の年でした。200周年を記念して、家族向けテントや催し物、メリーゴーランドや競馬など、昔のオクトーバーフェストを再現した催し物を同時に開催しました。
この催し物が大成功に終わったため、Oide Wiesen(オイデ ヴィーズン)と題して、翌年以降も引き続きオクトーバーフェスト会場の南一角に開催されています。

Theresienwiese:

オクトーバーフェスト2017建設状況(2017/06/30)

オクトーバーフェスト会場であるTheresienwieseは、普段は何もない更地です。オクトーバーフェストの開催3ヶ月前頃から、テントや移動遊園地などの会場設営が始まります。

また、オクトーバーフェストだけではなく、春はフリューリングフェスト(Frühlingfest)、冬はTollwood(トルウッド)のウィンターフェスティバルの会場としても利用されています。